「出国税」は海外進出のブレーキ要因となるのか
1億円以上の有価証券(株式など)を保有する富裕層に対し、海外へ出国する際に株式などを譲渡したものとみなして課税する「出国税(国外転出時課税制度)」が、2015年7月1日からスタートしました。この出国税は本来、タックスヘイブン(租税回避地)となっている諸外国で株を売り、売却益の課税逃れをしようという行為を牽制するためのものですが、実は海外進出を目指す企業の経営者や投資家にとっても、看過できない問題となっています。
日本企業の海外展開・アジア展開を支援する「TENKAI」がお届けするこのコラム、今回は、2015年7月から適用が始まった出国税の概要と、それにともなう海外進出への影響について探っていきます。
これまで合法的だった節税対策がご法度に
かねてからキャピタルゲイン課税のない国へ移住する富裕層が増え、本来なら手中にできるはずの税を徴収しそこねる状況が続いたことで、これに危機感をつのらせた日本政府が導入した制度が出国税です。いわば、水際で課税逃れを防ごうという対策と言えるでしょう。
この十年あまり、タックスヘイブンとして有名なニュージーランドやシンガポール、香港への移住者が数倍に増え、問題が深刻化していたのは確か。しかし、これまで合法だった節税対策が急に“ご法度”となったことで生じた混乱は小さくなく、影響は富裕層にとどまらず、海外進出を検討する日本企業の経営者や投資家にまで広がっています。
海外への投資やビジネスチャレンジを萎えさせる
実際のところ、海外へ移住する日本人の多くは現地で事業を展開しようというベンチャー企業や中小企業の経営者で、リタイア後に節税対策を兼ねて海外に永住しようという個人はむしろ少数派です。その意味で、出国税は海外でビジネスを成功させようと意気込む企業のチャレンジを阻害する要因になりかねません。
たとえば、あるベンチャー企業の創業メンバーが海外へ駐在することになったとします。彼は上場したばかりの自社株のうち5億円分を保有した状態で渡航することになりました。すると、その時点で20%(復興特別税含まず)にあたる1億円が課税されます。まだ売却も利益確定もしていないにもかかわらず、です。
彼にとって、課税されること自体もダメージですが、何の利益も産んでいない状態(未実現利益)での納税もまた相当な重荷となるはずです。せっかく意気込んで海外へ打って出ようというのに、いきなり出鼻をくじかれるなんて──こんなことなら最初から海外進出をあきらめたほうがいいかも――ということにもなりかねません。
出国税の影響を少しでも回避する方法
上述のように利益が確定していない状態で課税され、しかも納税資金がない場合には、国外転出の日から5年を経過する日まで猶予期間が設定されているなど、救済措置はあります。また、出国までに納税管理人を選定して届けを出せば、翌年3月まで申告納付を延長することができます。
では、課税そのものを取り消すことは可能でしょうか?答えは、条件付きで「Yes」です。たとえば10年以内に帰国し、その期間に株式などを売却しなかった場合に限って、課税取り消しの手続きを行うことができます。また、出国時の評価額よりも低い価額で売却した場合は、更生手続きによって課税額減額や外国税額控除の適用を受けることが可能。一度出国税の対象となったら課税そのものを回避するのは困難ですが、納税猶予や減額、控除適用などの措置を活用することでその影響を最小限に留めることはできるでしょう。
まずは自身が「対象」かどうかをチェックしましょう
資金力に余裕がない中小企業やベンチャー企業の場合、未実現利益への課税が事業の推進に大打撃となることも十分に考えられます。そういった状況でも確実に海外進出を成功へと導けるよう、こうした納税猶予や課税取り消し、課税額の減額、外国税額控除などを受けるための方法や条件を覚えておくようにしましょう。
最初は小規模だったベンチャー企業が軌道に乗ってだんだん大きくなり、気が付けば株式の評価額が1億円を超えていた、というケースは珍しくありません。また、匿名組合への出資持ち分も課税の対象になります。中小企業やベンチャー企業の経営者の方、投資家の方は、自身が出国税の対象かどうかをチェックし、正しいアプローチをするようにしてください。